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話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選

さて、今年もやってまいりました。話数単位で選ぶ、TVアニメ10選です。
「話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記
毎年、放映されたTVアニメの中から話数単位で面白かった回を選ぼうという企画。
新米小僧の見習日記さんが集計されている、年末の恒例企画です。大まかなルールは以下の通り。

ルール
・2016年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。


本ブログは6回目の参加です。もう6年目かあ。企画自体は今年で7年目なので、最初の年以外は欠かさず参加してる自分はもうすっかり古参の部類になりますね(笑) いやまあ、なんだかんだでのらりくらりと続けてこられました。出来る限り続けていければと思いますが、この先どうなっていくかは自分もちょっとわかりません。これから放映されていくアニメ作品次第、といったところでしょうか。なお過去の10選は以下のリンクから。

話数単位で選ぶ2011年TVアニメ10選 - In Jazz
話数単位で選ぶ2012年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ2013年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ、2014年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ、2015年TVアニメ10選 - In Jazz

筆者としては「記録を残す」という点で、企画に参加してます。この年にはこんなの見てたんだなあと思い返したりも出来ますしね。また一年の総決算として、参加しやすい企画というのもあります。……とはいえ、今年は肌に合う作品が多くなかったので話数が10本集まるかどうかが怪しかったのですが、どうにかこうにか弾は揃えることができました。おそらくは他の方より視聴本数が少ない中での選考となってますのであらかじめご了承をいただきたいかと。

言い訳めいた前置きはここまでにして。筆者の10選をコメントを添えつつ、紹介していこうと思います。
なお地上波放映日も明記しています。それではどうぞ。なおスタッフ名等々は敬称略です。

《話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選》
1.ふらいんぐうぃっち 弟5話「使い魔の活用法」(5/8放送)

ふらいんぐうぃっち Vol.3 [Blu-ray]

ふらいんぐうぃっち Vol.3 [Blu-ray]

脚本:赤尾でこ
絵コンテ・演出:佐山聖子
作画監督:矢向宏志、浅川翔、上田みねこ、佐野はるか
総作画監督:安野将人
《コメント》
真琴の使い魔、猫のチトさんのお散歩回。
東北地方(青森)の雄弁な自然を背景にスローライフで不思議な日常を丹念に描いていた本作だが、一番印象的だったのがこの話数。ホットケーキ回とか喫茶店回とか空飛ぶ鯨の回とかも好きだったけど、これは構成の使い方が巧みだった。いわゆる「視点」とか「目線」のエピソードだと思う。チトさんの散歩道を辿る人間が違うだけで、見方が違って見えるというのをAパートとBパートを使って提示していたのが面白かったし、出来事を台詞からニュアンスで掴み取る会話のやりとりにしても、何があったかの一部始終を把握している視聴者だからこそ楽しめるものとなっていて、その辺りの話運びと舞台作りが実に巧みだなと。チトさんの猫らしい挙動も可愛らしかった。この話数の魅力については↓のリンクにも詳しいので明記しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/tatsu2/20160628/p1

2.ユーリ!!! on ICE 第4滑走「自分を好きになって・・・完成!!フリープログラム」(10/27放送)

ネーム:久保ミツロウ
絵コンテ:大塩万次郎
演出:新井宣圭
作画監督:梅津茜、芳賀亮、鎌田均
総作画監督平松禎史
《コメント》
世界選手権へ向けてのユーリとユリオの特訓風景とそれぞれのフリースタイルの完成が描かれたエピソード。
シリーズ全体を眺めると個人的には非常にアンバランスな構成と描写不足が気になってしまう作品になってしまったが、序盤のドラマ描写の密度と題材となっているスケート描写のバランスの良さが際立った話数をチョイスした。ヴィクトルとユーリが海辺で対話するシーンもそうだが、取り巻く状況を打破するために自分をどう変革していくのかの糸口を掴む描写の積み重ねが丹念に描かれ、自分らしくあるために利用できるものは何でも利用する二人の姿が画面のリズミカルな畳み掛けと相俟って、作画とドラマがうまく絡み合っていた。そしてそれらが最後にフリープログラムに使用する楽曲のタイトル、つまり作品タイトルへと結実していく。特に終盤、ユーリのFS曲に二人の演技が交互に絡み合うシーンは絵的な満足度が高かったし、これから始まる勝負の舞台へ向けて完成していく美しさがあったように思う。この位のさじ加減で物語が進んでくれれば言うことはなかったのだが……つくづく惜しい。

3.月曜日のたわわ その3「TAWAWA SPORTS」(10/24放送)

絵コンテ・演出:村山公輔
作画監督:瀬川真矢
《コメント》
スポーツジム回。
ショートアニメながらちょっと意表を突いた展開だったのが印象的。仕掛け自体は視聴者の錯誤を用いた映画やドラマなどにもよくありそうなものなのだが、短い尺ながらも物語の起承転結を組み上げ、仕掛けを気付かせないように構成しようする姿勢を買いたい。おかげで一本のフィルムとして、内容のあるものに感じられたし、自分は上手く騙された痛快さがあった。監督や演出陣がシャフト出身だけあって画面の作り方がそれらしくもあったので、シャフトという製作会社の作るアニメーションの汎用性と「年輪」も感じられ、興味深い一本だった。

4.とんかつDJアゲ太郎 #5「豚々(トントン)拍子で初DJ…!?」(5/8放送)

絵コンテ: 大地丙太郎
演出:中田誠
作画監督:KIM EUM HA
総作画監督:河南正昭
《コメント》
アゲ太郎のクラブDJデビュー回。
徹底した「引き算」の演出が見事に嵌った話数だった。音楽題材の作品だとどうしても「演奏」や「ダンス」などの作画に注力しなければいけない側面がある。が、ショートアニメという形式だというのもあるが、この作品についてはまったく逆の手法をとったのが面白い。というよりクラブDJが機材を使って、レコードを回す行為はDJプレイで、極端なことを言えば「演奏」ではない。つまりその場で流れる楽曲とDJプレイをしていると分かる画が用意できれば、場面が成立してしまうのだ。それ故にこの話数では「音」の存在感を出すため、画面をほぼ動かさずにクラブの盛り上がりを演出して見せたのが見事だった。「とんかつを揚げる油裂音」と「Rainy Lenny」の雨音のイントロが絡み、グルーヴが生まれる瞬間の音を際立たせる為の「逆算」の妙を感じた。

5.ジョジョの奇妙な冒険ダイアモンドは砕けない 第31話「7月15日その1」(10/28放送)

脚本:小林靖子
絵コンテ:長田絵里、ソエジマヤスフミ、吉田泰三
演出:長田絵里、ソエジマヤスフミ、津田尚克
作画監督:仲敷沙織、飯飼一幸、Shin Hyung Woo、千葉山夏恵、横山謙次、芦谷耕平
アクション作画監督:三室健太、才木康寛
総作画監督西位輝実
《コメント》
アニメジョジョ4部最大の「大仕掛け」回。
杜王町のとある夏の一日として雑誌掲載時のエピソード×4を同時進行させた構成の妙に拍手したい。群像劇の趣も強いシリーズだからこそ成立した構成でもあり、同時多発的に敵の脅威が襲い掛かるという切迫感を原作から上手く抽出していたと思う。それ以上にここで「時間」の概念を加えたことによって、クライマックスで対峙する事となる「運命」と合わせて、後の5部、6部との相関性を高めた点でも一石二鳥いや、一石三鳥の技ありの話数かと。
4部は日常に潜む狂気を積極的に描いているシリーズでもある。平穏な日々にも暴力や狂気はしっかりと存在し、その善悪の間の「揺らぎ」の中で、常に均衡を保たれるべきもの=日常なのだ。そして日常の中に許しがたい悪が潜む時、それを暴き、直さなくてはならない。4部は杜王町に暮らす人間の、脅威に立ち向かう精神の物語だと言える。ふとした出来事で日常はたやすく崩れていく。そういった困難に直面した時の「強さ」を描いた作品で、今の時代に描かれるべき物語でもあるなと実感した次第。

6.WWW.WORKING!! 第12話「あらしの前の何か」(12/17放送)

脚本:永井千晶
絵コンテ:青柳隆平
演出:崎山早良
作画監督:西川絵奈・渡辺浩二・高橋道子・真田しづえ・神本兼利・石粼夏海・加藤やすひさ
総作画監督:中野繭子
《コメント》
足立×さゆり、ユータ×志保の告白&キスショット二連発。
WEB版WORKING!!、ファンの内々では「猫組」と呼ばれる作品のアニメ化。原作の初出順は猫組(作者のサイト)→犬組(ヤングガンガン連載版)。筆者は猫組の方を先に目にしていたのでようやく、という感慨がある。5年前のエイプリルフール動画から待ってた甲斐があった……!
チョイスした話数は演出のキレが良かった。正直な事を言わせてもらうと、この作品にあまり画面的な充足感を期待していなかった。いやむしろ演出面で冴えを見せてくたのでちょっとびっくりした、という方が正しいだろう。絵コンテの青柳隆平は6話、9話(※放映時には鎌倉監督の絵コンテ&演出表記だったが公式サイトでは絵コンテとしてクレジット)と本作の後半話数をコンスタントに担当されていて、どれの回にも攻めた画面をなにかしら一つは繰り出していたのが目を引くきっかけ。実は、12話が放映するまでは9話をチョイスしてたのだが、滑り込みでそれを軽く飛び越えてきた。
OP明けのカットからグランドホテル方式的にスポットの当たる人物を配置して、そこからひとつのエピソードにフォーカスしていく流れや画面の上手下手をつかった芝居だったり、空間の奥行きだったりの画面構成が光っているように感じられたし、それぞれのカップルのキスショットの対比など見所が合った。特に足立×さゆりの別れ際のキスはワンショットとしても大変にキレが良かった。(原画陣に和田高明がいたので担当パートなのだろうか?)
まだ演出を始めて2年ほど、絵コンテを担当するようになって1年半ほどの若手の方らしく、やりたい事を全て詰め込んだ若さと勢いに満ちているようにも見える。が、その迷いの無さがフレッシュな画面として鮮烈な印象を与えているのだろう。青田買いになるのかもしれないが、この作品を通じて一皮剥けた感もあり、これからの成長への期待を込めて、この話数を選びたいと思う。

7.終末のイゼッタ 第3話「天翔る剣 Das Schwert des Himmels」(10/16放送)

脚本:吉野弘幸
絵コンテ:藤森雅也
演出:根岸宏樹
作画監督:関根昌之、重田智(銃器・メカ)
総作画監督:山下祐
《コメント》
白き魔女イゼッタ、戦地に立つ回。
自分の視聴観測範囲ではこの作品と次に取り上げる作品は監督のポテンシャルの高さを実感させられるものだった。「終末のイゼッタ」の制作が亜細亜堂だと分かった時は驚きがあったし、さらに蓋を開けてみれば各話絵コンテを藤森監督が約半分を手掛ける格好となっていて、なお驚異的に感じられた。元々実力の高さは折り紙付きだった方なのでこれ以上望むべくもないが、凄みを見せ付けられた結果となった。この話数は序盤のクライマックス。密度の濃い画面でファンを唸らせてきた藤森監督の魅力が詰まったものになった。対戦車ライフルに跨り、ランスや洋刀をフィン・ファンネルのように操り、戦場を縦横無尽に駆る姿は魔女というアンタッチャブルな存在を知らしめるに十分すぎる光景。強大な戦力を誇る敵国を前に、圧倒的な不利を被っていたエイルシュタットの戦況を一変させるイゼッタの戦いには極めて爽快感のあるカタルシスを感じた。

8.文豪ストレイドックス 第15話「いつか海の見える部屋で」(10/20放送)

脚本:榎戸洋司
絵コンテ:五十嵐卓哉
演出:佐藤育郎
作画監督:菅野宏紀
総作画監督新井伸浩
《コメント》
或る男の悲劇、そして慟哭。
分割2クール目は小説版に描かれた過去編の映像化とともに怒涛の五十嵐監督4週連続コンテ回という気合の入った幕開けとなった。この作品も個人的には愛憎入り混じる視聴で如何ともし難い心持ちで見ていたがなんとか完走できたのは、アニメーションスタッフの目覚しい尽力に他ならないと感じている。そういった作品であった事を踏まえて、どれか一つ抜き出してみるとこの話数になった。本編の前日譚的色合いの強いエピソードである「黒の時代」の「転」に当たる部分。
「黒の時代」は全体に大人の欺瞞と苦味が押し出された物語なのだが、その中でも特に苦渋を味わう事になるエピソード。仔細は語らないにせよ、純粋や無垢、あるいはモラトリアムが続く事を願う人間が打ち砕かれる様を描いてるとも言えるし、永遠に続くかに思えた友情のあっけない終焉が描かれているとも言える。確実に何かが終わりを迎え、新たな光(始まり)が見えてくる矢先の谷底へ叩き落とされた者のタガが外れる。それらが全て終盤の男の慟哭へと込められるのは圧巻といっていいだろう。そこで物語は次回へと引くのだが、「結」の部分で谷底に落ちた男は苦み走った決意の表情を浮かべる。その先に待つのは破滅か福音か、それとも。
榎戸洋司の作品遍歴から眺めれば、「黒の時代」で描かれた事はスタドラやキャプテン・アースの「先」であり、特にキャプテン・アースの「大きなやり残し」の一角(だと筆者は感じている)である、成人直前直後のモラトリアムを描いた点に「新しさ」を見出すわけだが。そうでなくとも、分割2クール目の初手に本編の流れを断ち切ってまで挿入してきた意義はおそらく大きかったように思える。また絵コンテを切った五十嵐監督がここに来てさらに一皮剥けたのではないかと思えるほど、演出的にも「振り切った」印象を受けたのは非常に興味深い所。各スタッフがここで得たものを次作にどう生かすのか、早くも待ち遠しくなっている。

9.魔法つかいプリキュア! 第31話「結晶する想い!虹色のアレキサンドライト!!」(9/4放送)

脚本:村山功
演出:佐々木憲世
作画監督:爲我井克美
《コメント》
今年のプリキュア枠。Vsラブー&新技初披露回。
おそらく29話に人気が集まるだろうから、自分はちょっと別角度で語るとする。
朝日奈みらいは魔法つかいの夢を見るか?〜『魔法つかいプリキュア!』第1話検証〜 - In Jazz
以前、↑こういう記事を書いた。これが正鵠を射ているかは定かではないが少なくとも筆者にとって、まほプリは「みらいの物語」として目に映っている。だからこそこの話数を選出したと言っても過言ではない。本作は全体的にファジーな要素が多く、掴み所を得ない作品である事は否定できない。が、見方を得る事ができれば非常に文学の香りが漂う作品に思えてくるのだ。リンクでも語っているような「エヴリデイマジック」な日常からわずかな変化が起き、波紋を呼ぶのがこの話数。
リコが冷凍みかんを作る事に成功するのは他愛のない変化と成長だが、これがきわめて重要なのだ。成長には経験の積み重ねと時間が非不可欠だろうし、リコがこと魔法に関しては大なり小なり失敗続きだったのは見ている人ならば分かるだろう。それが成功という形で成長が描かれた。はーちゃんことことはもみらいとリコ以外の人間から思いやる心や努力する姿を見て、二人の知らない所で心身を成長させている。
では、みらいはどうだろうか?彼女はラブーという強敵に向かってもなお「(みんなと)いつまでも一緒にいたい」と言い放つ。それは「強さ」であるが「弱さ」でもある。みらいの純粋な気持ちがそう言わせるのだろう。しかし、リコもことはも「成長」している。みらいはどうするのか。その答えは最終クールに突入し、いよいよ終盤という12月末現在でもまだ提示されていない。おそらくはみらいの「成長」が鍵を握っているからだろう。
取り上げた話数はターニングポイントなのだ。それ以前より「ずっと一緒にいたい」というフレーズは何度か聞こえていたのだが、他の二人の成長が描かれた為にみらいの無自覚な純粋さが顕在化するのはえげつなさすら感じてしまう。彼女の「危うさ」を浮き彫りにしている一方で、その想いの純粋さが新たな技を生み出しているから、表裏の関係だと見ることは可能だ。それがどういう事なのかは最後まで見てみないとわからないが、みらいの「魔法」にまつわる問題を炙り出しながら児童アニメの体裁を保って、展開される演出はさりげないながらも奥深く感じ取れた。そういった観点では非常に面白いと思う。まあ、筆者の深読みに過ぎるきらいも否定はできないのだが。


10.charlotte 特別篇(14話)「強い者たち」(3/30 ※TV未放映。ソフト最終巻に収録)

脚本:麻枝准
絵コンテ:浅井義之
演出:浅井義之、筑紫大介
作画監督関口可奈味、宮下雄次、松和歌子、鈴木理沙
《コメント》
他人の心を無作為にテレパシーで伝えてしまう少女と由宇と奈緒の在りし日の光景。
最後のチョイスは「反則技」を承知の上で語りたい。なにせソフト収録の未放映回だからだ。それを話数10選に選んでしまうのはギリギリアウト、ほぼアウトだが、発表されたのが年内である事で目を瞑ってもらって欲しい。さて話の方はといえば、一口に麻枝准の痛切な魂の叫びだろう。いやこの回に限ってはどうしても作品外の状況を鑑みてしまう。ここではその事を一々つまびらかに語るつもりはない(気になる人はぜひ調べて確認していただきたい)が、悲痛な感情が特にクライマックスの台詞の端々に感じ取られてしまうのがなんとも。
P.A.WORKの堀川憲司社長はこの作品を「私小説的」だと評しているが、まさしくその部分がシリーズ中でも最も色濃く出てしまった話数だと筆者は感じる。しかもそれは2016年の麻枝准と図らずも非常に強くリンクしてしまっていると感じざるを得ない。おそらく極めて珍しい案件だろう。むろん真意のほどは分からないし、自覚はないのかもしれない。が、この話数で描かれた強い感情に対して、見る者はきちんと受け止めて考えるべき事のように思ってしまう。少なくとも麻枝准は真摯に物語と向き合い、格闘しているのだと言う事が伝わってくるし、自らを削っているのだから。その事を考えるとその力強くも悲痛な叫びを透明感のある画面で演出して見せたのは氏の「純粋」さを損なわないためだろう。賛否の多い作品ではあったが、最後の最後で「これぞ」というエピソードが送り出された事に拍手したい。
なお堀川社長の「私小説的」という評のソースは以下のリンクより。
電撃 - 『Charlotte』最新PV公開! 鳥羽洋典氏と堀川憲司氏にスタッフィングの狙いを直撃


以下は次点作品。
今年は本当に視聴本数が少なかったので、10選と重複する作品からの話数ばかりとなってしまった事はお詫びしたい。<次点作品>
赤髪の白雪姫 第13話「運命を紡ぐ赤」(1/12)
魔法つかいプリキュア!
第13話「たのしいBBQ!幸せたくさんみ〜つけた!」(5/1)
22話「芽生える新たな伝説!キュアフェリーチェ誕生!」(7/3)
ジョジョの奇妙な冒険ダイアモンドは砕けない
第6話「広瀬康一(エコーズ)」(5/7)
第17話「岸部露伴の冒険」(7/23)
文豪ストレイドックス 第20話「頭は間違うことがあっても」(11/23)
WWW.WORKING!!
第6話「運命サバイバル」(11/5)
第9話「僕らはみんな病んでいる」(11/26)
終末のイゼッタ
第8話「残酷なおとぎばなし Das grausame Marchen」(11/20)
第11話「フィーネ Fine」(12/11)
フリップフラッパーズ
第3話 ピュアXLR(10/20)
第6話 ピュアプレイ(11/10)


《2016年の総括》
2016年を端的に言い表せば「激動の年」だ。
今年ほど「歴史の波が渦巻いていく」のを実感したことはなかったように思う。英国国民投票EU離脱賛成、米国大統領選でのトランプ旋風、天皇陛下の「お気持ち」表明、明るい話題、暗い話題、枚挙に暇がないくらい月単位、下手すれば週単位、はたまた一日単位で世界は揺れ動いていた。もはや今年の頭に起こった出来事が何年も前に思えてしまう位に密度の濃い一年だった。それはつまり我々の眼に見える形で、なおかつ急激に「日常の綻び」が露わになっていったように感じる。
日常の綻び。当面、均衡が破られることはないだろうとされていた物がたやすく崩れていくさまを今年一年、個人的な観測の範囲の中でも、様々な場所で目の当たりにしていたように思う。本記事のテーマに沿えば、「2016年クライシス」なんていうのはいい例だろうか。踏み越えてはいけない、あるいは踏み越えるべきではない一線を次々と越えていく。チキンレースもなんのそので地獄の蓋が開き、一直線でまっしぐらになりかねない暗澹たる状況が広がりつつある。もっと広い領域で見てゆけば、「平和」と言う状況がいよいよ揺らいできているのかもしれない。何かの均衡が危うくなったり、すでに破られたりしている。そういった「綻び」があちこちに現れた年といっても過言はないだろう。
一方で今年は音楽と映画の「当たり年」でもあった。本記事に従って、アニメ関係に絞ってみても「君の名は。」「この世界の片隅に」などは現在進行形でヒット街道を順調に進んでいるし、夏には「シン・ゴジラ」、秋口には「聲の形」などなど、ほんの少し拾ってみても、実写アニメ洋邦を問わず、様々な傑作がこの一年で驚くほど出てきた。特に「君の名は。」や「この世界の片隅に」、「シン・ゴジラ」辺りは我々の生きる「日常」とも密接にリンクしており、それぞれがそれぞれの形で「日常」という既存意識に対して問題を投げかけているようにも思う。あって当然、というものが急激に変わったり、崩壊したりする。そういう脅威が目の前に潜んでいる。そういう事実を、創作は「時代性」として帯びていくわけだが、筆者が図らずも選んだ話数10本もそんな「日常」に起こる/起こりうる「綻び」、あるいは作品、物語の「綻び」を許容した作品が多いように感じた。
「綻んでいる」と言うことは同時に、境界線が曖昧になって、ひとつのカオス、混沌になっていると見ることも可能だ。そういった時の流れに蠢く混沌から躍り出てくる「可能性」こそが将来の「希望」なのだろうが、それを僅かにでも摘み出す為には現時点の問題を少しずつ解決していく以外に他ならない。それも超長期的に取り組んでいくしかないのだ。腰を据えて取り組むべき問題はいくらでもあるし、そんなのは筆者に言われなくても、おそらく何かに従事している人ならば理解しているはずだろう。
とまあ、つらつらと語ってしまいましたが。自分が見てきたものを「時代を映す鏡」として見た感じではこんな感じでしょうかね。意味は様々ですがなにかしらの「終焉」、それに準じた「兆し」が目に付いた一年でもあるなと。と、同時に今年は著名人の死去が各分野目立った年でも。あんまりにも多いからここでいちいち挙げる事はしませんが、それらを含めて新陳代謝のように「新しい節目、局面」を迎えつつあるのだと感じます。そういった点では「分水嶺」的な年だったのかもしれません。来年以降どうなっていくかは誰にもわかりませんが、願わくば今後の将来が明るいものであるように祈りたいです。


《最後に》
今年一年を振り返ると、本当に色々あった年だったというのはありますが。
「話数単位で選ぶ、TVアニメ10選」という企画では今年の頭にこれがあったんですよね。
【イベント】「話数単位で選ぶ、TVアニメ10選」を語る会(2016.01.11): 新米小僧の見習日記
集計者である新米小僧さんを中心に企画・開催されたイベントで、大盛況で終わった様子がリンク先からも窺い知ることできます。これがあったのが正月明けの1月。そう、今年の1月だったんですよ。なんだかずいぶん前の事のようにも思いますがたった1年弱前の事です。遠い過去に思えるくらい、多くの出来事があった一年だったのが分かるのではないかと。自分も行く予定だったんですけどねえ。想定外の出来事が立て続けに発生したために行くのを断念せざるを得なかったのが今年一番の心残りです。次回がいつになるか(そもそもあるのかどうか)、分かりませんがもしあるならばその時は足を向けたいなと思います。
さて、今年の話数10選は自分が見たいと思える作品が一年を通じてあまりにも少なかったというのもあって、はたして10本集まるかどうかという心配があったわけですが、何とか形にできて一安心といったところ。今年の前半は夏コミの同人誌への寄稿文を書いていたのに費やしていたので、それで力尽きたというのもないわけではないですが、それはそれとして。一方、今年の映画や音楽が盛況だった分、自分の観測範囲ではTVアニメと漫画がわりと不調というか、新鮮味はあまりなかったという年でもありました。何かが飛びぬけていいというわけでも悪いというわけでもないんですが、なんとなく停滞してたというのが不躾な印象だったりします。その辺りは来年以降に期待でしょうかね。漫画のほうもこち亀やジャンプの長期連載が軒並み連載終了したりなどして、こちらでも急激な変化が起こっていました。紙媒体と電子書籍などの動きもあるでしょうし、音楽に目を向ければいよいよCDが御役御免となって、配信サービスとレコードの二極化になっていくのかみたいな分水嶺も。どこもかしこも岐路に立っている感じなのは総括でも語った通り。歴史的にも重要な一年だったのではというのが2016年の雑感ですね。
来年、また話数10選ができるかは「自分にとって面白い作品」が出てくるかどうかにかかっています。筆者としては、出来うる限り続けたいというのは昨年も言ってますが、こればっかりは出てくるものに期待する以外ありませんので。まあなんにせよ、来年も気楽に見ていけたらと思います。最後になりましたが、毎年集計されている新米小僧さんに感謝を。いつもありがとうございます。当ブログも今年の更新がこれで最後になるかと思いますが、また来年も何かしら記事にしていくと思いますのでどうぞ宜しくお願いします。
それでは今年一年もありがとうございました。よいお年を。